1: 名無しさん 2019/04/14(日) 09:28:05.56 ID:vGv2akK+9

姥捨て山の”真相”に迫る(下) 村は神域、埋葬できず 責任回避の話に尾ひれ?/兵庫・篠山市
4/14(日) 8:00配信

 かつて食糧難解消の「口減らし」を目的に、年老いて働けなくなった老人を山に遺棄していたという、日本各地で語り継がれている「姥捨て山(うばすてやま)」の伝承。兵庫県篠山市の集落「見内(みうち)」にも、老人を生きたまま棺桶に入れて、集落の裏山の尾根「ガンコガシ」から谷底に向けて投げ落としていたという歴史秘話が今も住民の間に伝わる。一方、この伝承を研究している同市古市の宗玄寺住職、酒井勝彦さん(75)は、「姥捨て山」の存在を否定する。その根拠を尋ねた。

 「姥捨て山」の伝承が残る見内は、松尾山(687メートル)を背にする袋小路の村。見内では「ガンコガシ」、その周辺の集落では「ガンコカシ」「ガンコロガシ」などと呼んでいる。「ガン」は漢字で「龕」と書き、遺体を納める棺や輿を意味するという。

 生まれも育ちも見内というKさん(74)は、年老いて農作業ができなくなると、村の若者数人がその老人を棺桶に入れ、ガンコガシに投げ落としたという話を村の古老から聞いた。勢いよく斜面を転がり落ち、亡くなるか、瀕死になった老人を再び担いで尾根伝いの先にある高仙寺の阿弥陀堂(堂屋敷)まで運び、そこで埋葬したという。

 酒井さんによると、この村は延喜式内社である「二村神社」の神事をつとめ、守護する者たちで形成されたという。集落の規模は昔も今もほとんど変化することなく、3月末現在で17世帯。

 二村神社は集落の出入り口にまつられており、創祀は不明。当初、伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト)の2神がまつられていたことから「二尊神社」と称し、見内も古来は「神内」と称した。1482年に「御内」、1651年に「見内」と名を変え、現在に至る。

 神社にはこんな神話が伝わっている。2神が天下るとき、最初に剣を落とし、次にニワトリを降ろした。「剣が地面に突き刺さっておればやわらかい土地なので鳴かず、突き刺さらずに倒れていたら鳴け」とニワトリに命じた。剣は倒れていたので、ニワトリは大きな声で鳴いて知らせた。「この土地は固く、神の住める場所である」と、この地を神内村と名付け、降り立ったという。2神の降臨について大役を果たしたニワトリを神の使者として崇め、第二次世界大戦が終わるころまで、村内ではニワトリを飼わず、また鶏肉を一切口にしなかったとされる。

(リンク先に続きあり)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190414-00010001-tanba-l28


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